美術

ポントルモ 蒼涼顛沛の鳥の園

 かなり間が空いたけど、ミケランジェロから続くマニエリスム芸術家のホロスコープ読みです。今回は、マニエリスム第一世代として不安さと危うさを特に感じさせるヤコポ・ダ・ポントルモを読んでいきます(ハウスは推測)。

 なんとも一言では言えない感じのホロスコープ……。とりあえず、天王星を頂点にするヨッドがあって、双子座オーバーロードというのが目立つ特徴ですかね。

 まず、ポントルモの話をする上で外せないのは、同時代からみても“人嫌いで孤独癖があって、変わり者”といわれた性格で、月のオーブは多少広めにしても天王星と合かもしれないです。天王星は独立性・変わり者ぶりをあらわしたり、場合によっては奇癖などにも通じるので内面の感情(月)が天王星と重なっていると、人からは離れていたい気持ち・他人の理解を求めない気持ちが強いです。

 ポントルモは、自宅の二階を工房にしていたのですが、自宅の二階へは梯子で上がるので、自分が上がるとその梯子を二階に引き入れてしまって、下からは誰も入って来られなくする、さらには完成するまでは絶対に人に絵を見せないなどの話はすごく月・天王星合っぽいです。

 そして、天王星はヨッドの頂点なので、水星・木星・海王星・冥王星などの地星座・水星座系と、太陽・火星・天王星などの風星座系に分かれる中で、水・地星座系は天王星を理解不能と思っていて、その矛盾がかなり大きく目立つというホロスコープですかね。

 というわけで、天王星側から読んでいきます。

太陽:双子座12度 生意気に自己主張する奴隷少女トプシー
火星:双子座12度 生意気に自己主張する奴隷少女トプシー
天王星:水瓶座6度 ミステリー劇の演者

「奴隷少女トプシー」は、小説『アンクル・トムの小屋』にでてくる人物で、主人の押し付けてくる因習的な価値観から抜け出す考えをもって、不満も隠さないような話しぶりなので、ここでは太陽と火星が従来の古く固まった価値観に激しく揺らそうとする様子だと思われます。

 天王星:ミステリー劇の演者は、水瓶座的な醒めた視点で、この世は誰でも嘘をついているもの、それでもその嘘がきれいに重なり合ってこの世は出来ているのだから、嘘を離れることもできないという新しい考えで、双子座太陽・火星と組んで伝えてみたい、と読んでおきます。

 ポントルモの絵は、どれも何とも言えない不安感・分解されていく感じを受けるのですが、その理由はおそらくそれぞれが別の方に向けている視線にあると思います。向き合っている人物同士でも視線が外れていたり、さらにその視線がお互いに巻き合うように絡み合っていたりと、不穏な魅力に満ちている。

 ちなみに、この太陽と火星は、土星:魚座15度 部下の訓練をしている将校とスクエアです。魚座らしい雰囲気的な感覚を人に伝えようとしていて、土星なのでなかなかそれは難しいけど、でも出来るようにしなくてはならず……という様子で、古くから伝わる方法を覚えるべきという土星と、そんなものではうまく行かないのだから、もっと別のものに移るべきという太陽・火星の抵抗、さらにこれからはきっと皆な嘘を見せ合う世になる、という天王星のずれがみえる。

 これはミケランジェロの記事でも書いたけど、15世紀の都市国家の安定に支えられた盛期ルネサンスは、16世紀に入るとイタリアでの内乱、教皇権の失墜、都市国家の自治の崩壊(メディチ家が何度も転覆するなど)を経て、次第に不安の漂う世になって、キリスト教の道徳とギリシャ・ローマの欲望的な神々が奇跡的に同居できていた(あるいはその二つは一緒だと思えるくらい欲望的な行為がきれいな世を作ることに結びついていた)盛期ルネサンスの様式が、人々の感情の形から離れていくので、16世紀のマニエリスム第一世代らしいアスペクトでもある。

 ただ、水星と木星は天王星に150度なので、この分離している(水瓶座天王星)のだから、その不穏さを云ってもいい(双子座太陽・火星)という組み合わせを、水星座・地星座の星が否定している(もしかすると、月と冥王星も90度かもしれないです)。

水星:蟹座5度 列車に破壊された自動車
木星:乙女座5度 妖精の夢を見る男
海王星:山羊座4度 大きなカヌーへ乗り込む一団
冥王星:蠍座8度 湖を照らす月光の道

 オーブが僅かに広いから出てないけど、実際はほとんどクレイドルに近いくらいのまとまり方ですね。むしろ、こっちだけだとすごく安定感のある印象になっている。

 水星のサビアンは、一見するとやや不穏だけど、蟹座はみんなでまとまりたい星座だとすると、自動車(小さいまとまり)を壊してでも、列車(大きいまとまり)に糾合していく感覚で、水星なので頭ではわかっているけど、それだけでは理解できないもの(天王星)がある、ということでしょうか。もっとも、太陽との結びつきからして、却って天王星のほうが強く出ているけど。

 もうひとつポントルモの絵で特徴的なのは、人物がみな急峻な祭壇のような場所に不安定に並べられているように配されることで、祭壇(安定した秩序)とその上で交錯する視線(太陽・火星・天王星)みたいなことは既に読んできたけど、その祭壇があまりにも危ない形をしていて、立つところが狭すぎます。

 海王星は大きなカヌーに乗るように、みんなでまとまって大きな幻想に抱かれる感覚(盛期ルネサンスの神話と道徳がひとつになって疑われないような世界)、冥王星は湖を照らす月の光のように静かな水を求めよと云ってくるけど、天王星はそれはあり得ないと直観的に知って、別のものを探そうとしている様子とすれば、若桑みどり『マニエリスム芸術論』の此の一節にも近い。

 変動期のさなかに生きざるを得なかった第一世代、ポントルモ(1494-1556)、ロッソ(1494/5-1540)、パルミジャニーノ(1503-1540)はその生涯も芸術もはなはだ病的であり、古典主義の残滓に悩み、過去を否定しつつ、なおも自己の様式を発見できない苦悩にみちたものだった。だが、そこには宮廷画家のもたない、悩める精神の自己表現がある。(47頁)

 そして、木星のサビアンは、乙女座の現実世界の中でもそれを害さない程度の夢としての妖精なら楽しんでもいいという点で、どこまでも嘘と欺瞞を基調とした水瓶座6度の天王星とは分かり合えない間柄にあり、このときの木星のサビアンは盛期ルネサンスの様式としてこのような現れ方をしている。

(受胎告知において)平面上に「天使」と「地」だけがいわば水平に表されるという、この水平的図式がもっとも完璧な表現をなしとげたのは、何と言ってもルネサンスにおいてであった。(312頁)つまりこれは、天と地の愛による和合という、まことにルネサンス的精神と合致した、甘い静謐な気分のものである。(314頁)

 この「天使と聖母との水平的な対話によって、形態的にも、教義的にも、ルネサンス的な神人の出会いが象徴されていた(321頁)」と感じているのが水星に流れ込んでいくアスペクト群だとすると、まだそれを引きずりながらも双子座・水瓶座の風星座だけが、その羈絆から身を拗って抜け出そうとしている、あるいは火星座がないので、ぞよぞよと落ち着かないわりに冷えた絵になって、寄り集められた人々がそれぞれ視線を向けているのに繋げるのはさすがに無理があるかもしれないですが。(それでも何となくそういうことを感じ取る感性を、ポントルモが持っていたということは云えるかもしれないけど)

 ポントルモの人物たちはどれも上下左右に倒れたり崩れていくようで、それなのに互いに支え合うような形に組み合わされている、そして急すぎて動けない祭壇に並べられて違う方をみている様子をある意味では最もよく象徴しているのが、リリス:蠍座20度 暗いカーテンを両脇に寄せている女だと思う(リリスは作品の裏の主題をあらわす気がするので、その検証も含めて読んでます。ちなみに裏の主題にはリリスの作るアスペクトも絡みそうではある)。

 暗いカーテンを自らの意図で開けたり閉めたりできるのは、外の光を取り入れるかをみずから決めること。蠍座19度 聴いてはしゃべっているオウムが無意識にいろいろなものを拾っている様子(あるいは神と人とが無意識につながれた盛期ルネサンス)とすると、リリスは土星と90度なので、それまでのやり方を受け継ぐことを強いている土星に逆らうようにみずから信じるものを探すように様々な方をみる視線。新しい在り方は分からないのに、それでも古いつながりからは抜け出すことを知っている様子だと思えてもくるけど、これはさすがに無理があるので、ポントルモの絵は視線のざわめきがあって落ち着かないということを知っただけで終わりにすべきですが。

 これは「エジプトのヨセフ」。エジプトで飢饉になったとき、人々の群れを同じ方をみて集まるのにそれぞれ微妙に向いている方向が違ったり、それぞれ像を祀っていたり、高位の者に請う様子、禍々しい天使風の子供、後に弟子となる不安げな表情のブロンズィーノ(晩年でもそれなりに交流がある。ブロンズィーノのほうが売れていたのでお金はあったはずなのに、それほど関係は悪くなかったらしいのは、たぶんそれぞれに信じるものは違うし、大事にしている物も違うとポントルモが知っていたからかも)などが描かれていて、とりあえずざわざわぞよぞよしているのは、夕方の大きい樹に鳥が集まっていると風が吹いてきて樹を揺らすような風景に似ている。

 ところで、金星はノーアスペクトなのですが、双子座25度:パームの枝を刈る男は、自然のままに茂っているパームヤシの葉を、古くなったものは切り落としてきれいに育つように手を加えること、そのような形で身近に扱えるようにしていく双子座らしさとすれば、ミケランジェロの超然とした世界から、その中で不安げに漂う人を主役にした絵に変わっていくこと(これはブロンズィーノの冷たい艶やかさ、ティントレットやエル・グレコの熱っぽい宗教画とも異なる)と読んでみるのはやはり無理がある。

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ぬぃ
占い・文学・ファッション・美術館などが好きです。 中国文学を学んだり、独特なスタイルのコーデを楽しんだり、詩を味わったり、文章書いたり……みたいな感じです。 ちなみに、太陽牡牛座、月山羊座、Asc天秤座(金星牡牛座)の月天王星海王星合だったりします笑。 易・中国文学などについてのブログも書いてます

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