サビアンシンボル

水瓶座28度 倒されのこぎりで切られた木

 サビアンシンボルそれぞれの分析はしない予定だけど(終わらないので)、気になったので水瓶座28度に近い雰囲気の作品をいくつか書いておきます。

 そもそも水瓶座28度が気になった理由としては、ネイタルにあるTスクエアで

火星:獅子座28度 大きな木の枝にとまる たくさんの小鳥
太陽:牡牛座28度 成熟したロマンスに胸躍らせる女
冥王星:蠍座30度 ハロウィンの悪ふざけ

という凶狼暴戻のアスペクトがあって、この組み合わせだと火星が太陽・冥王星にスクエアになるので、獅子座28度:獅子座的な大きい規模での表現から離れて乙女座的な小さな世界に歌う鳥のような多彩で日常的な表現をしたいという思いが、求められたり人から認められるまで動かないでみずからの落ち着いた部屋に潜みたがる太陽、ひとつのことを深くまで見尽くして搾り粕を吐き捨てるようにしながら戯れつつ、その余韻を楽しみたい冥王星に抑えられて、迸る衝動が内側から身を斬っていくような意味だと思う。

 そのTスクエアを生かすには「グランドクロスとして想定したときに欠けている一点を、意図的に取り入れるようにするといい」という記事をいくつか読んで、欠けているのは獅子座28度と向かいあう水瓶座28度……という流れで興味を持ったのですが。

 水瓶座28度の解釈としては、木々が育ってきた林を離れて、冬に備えて焚き木や木材になって別の使われ方をする、水瓶座の分離がよく現れたサビアンという意味らしいけど、これが日常の中で小さな表現をする獅子座28度とどのように対称になっているかが、いま一つわからない。

(ちなみに蠍座28度は、「自分の領土に近づく妖精たちの王」ということで、相手との深い関係の中でみずからの感情の内側にも深い変容が起こっていることを感じるのは、牡牛座28度の受け身でありつつ、なかなか躊躇して機を逸しそうになる感じと対称といわれれば分かる気がする)

 強いて云うと、切られた木が他のことに使われる様子が日常の小さな表現にある意味通じるのは分かるのだけど、それなら「林の木が切り出されて、別の目的に使われる」とかでもいいと思っていて、どことなく悲哀な雰囲気が漂うのはなんとなくこれに似ている感がある。

  豫章行
白楊初生時、乃在豫章山。上葉摩青雲、下根通黄泉。
涼秋八九月、山客持斧斤。我 何皎皎、稊落   。
根株已断絶、顛倒岩石間。大匠持斧縄、鋸墨齊両端。
一駆四五里、枝葉相自捐。     、會為舟船蟠。
身在洛陽宮、根在豫章山。多謝枝與葉、何時復相連。
吾生百年 、自   俱。何意萬人巧、使我離根株。

白楊の木の初めて生えた時は、豫章の山に生えていたのだが、
上の葉は青い雲を摩(こす)り、下の根は黄泉に通じていて、
涼しい秋の八九月に、山の客(ひと)が斧斤(おの)を持ってきて、
我(わたし)の肌は何とも皎皎(しろくきれいで)、稊(やわらかい芽)は落ちてしまう。
根株はすでに断絶(たた)れ、岩石(いわ)の間に顛倒(ころがさ)れ
大匠は斧や縄(すみなわ)を持ってきて、鋸や墨は両端を斉(ととの)えて
ひとえに四五里を駆(は)せては、枝葉もみずから捐(ぼろぼろとすてら)れて、會(あつめられ)ては舟船(ふね)の蟠(たむろ)を為(つく)り、
身は洛陽の宮にあり、根は豫章の山にあって、多くの枝と葉を謝(じ)し、何時(いつ)になったら復(また)連(つなが)るのか、
吾(わたし)は百年を生きたけど、何意(どんな思い)で萬人の巧(わざ)が我(わたし)を根株から離すのか。

 切られた木の側からみると、このサビアンは大体こんな意味になりそうだけど、これをもっと長く美しく飾って書いたものが庾信(ゆしん)の「枯樹賦」で

 殷仲文は風流儒雅(穏やかで気品があり)、海内にその名を知られていたが、世異時移(世は移り変わり)、出(左遷)されて東陽太守となっては常(いつも)忽忽(心が抜けたよう)に楽しまず、庭の槐の木を顧みては嘆いて云う「この樹は婆娑(ばさばさ)として、生きる意(気持ち)も尽きているようだけど」

 白鹿に囲まれた貞(冬も緑の)松や、青い牛を宿した綾目の梓は、根柢(ね)は盤魄(うずくまり)、山崖の表里に絡みつくのだが、桂は何の事(ため)に销亡(枯れて)しまい、桐は何の為に半ば死しているのかというと、昔これを三河(みやこ)に徙し植え、九畹(大庭園)に根を移して、花を洛陽の殿前に開き、実を梁王の園(みその)に結びて、風に鳴る声は嶰谷(上代の曲)を含み、揺れて舞う姿は雲門(上古の舞)に似て、雛を連れた鳳を集め、翼を比(なら)べて鸳を巣(すまわ)せ、風の亭(四阿)に臨みては鶴を唳(な)かせ、月の峡(渓)に対(むか)っては猿の吟(声をさせ)ていたが、それでも拳曲(ぐるぐると)擁腫(節立ち),盤坳(ごろごろと)反覆(折り返され)、熊や彪(豹)の顧盼(睨み合い)ては、魚や龍の起伏(跳ね回る)ようで、節は竪(高)く山のように連なって、文(模様)は横に水のように蹙(縮)み、匠石(名のある工匠)も驚き視ては、公輸(腕のある工人)も目を眩めかせ、雕鎸(彫込み)の始めて就(な)され、剞劂(削り出し)も仍(そうして)加えられれば、平らな鱗や鏟(薄)い甲,落(分かれ出た)角や摧(せり出した)牙は、重重(重なり合うこと)碎(切られた)锦のごとく、片片(ひらひらとすること)真(ほんとうの)花のようで、紛披(はらはらと散らかった)草樹や、散乱する烟霞(雲や霞)を思わせる。

 そんな中、松子・古度・平仲・君遷などの木は、森梢(すっと伸びること)百頃にもなり、槎枿(横枝が絡むこと)千年を経るので、秦の頃には大夫の職を受け、漢の世には将軍の坐にもなっていたが、苔に埋もれ菌(きのこ)に压され、鳥に剥され虫に穿(住)まれないものは無く、或いは霜や露に低く垂れ、或いは風烟(風や霧)に撼頓(震え)、東の海辺には白木の廟があり、西の河辺には枯れ桑の社があり、北陸では楊葉を関(の名として)、南の陵(丘)では梅根を冶(鍛冶の地として)、小山氏には叢(群がる)桂は人を留めるとあり、扶風(昔の京)には長(大きい)松に馬を繋ぐとあるのだから、城(城壁)だけが细柳の上に臨んでいたり、塞(城塞)だけが桃林の下に作られているわけはないのだけど。

 そのようにして山河は阻絶(隔てられ)、飄零(流れ着いては)離別(別れも重ね)、本を抜かれては涙を垂し、根を傷つけては血を瀝(滲み出させ)、火は空(うろ)の心に入り、膏(あぶら)は断(切られた)節から流れ、洞の口に横たわっては敧卧(傾き倒れ)、山腰に頓(転がっては)半ばに折られ、文(綾目の)斜な者は百圍(抱え)にも冰のように砕け、理(筋目の)正しい者も千尋にも瓦のように裂(割れ)、癭(膨らみ)を載せては瘤を銜(含み)、穿(鳥の穴)を蔵しては穴(虫の巣)を抱え、木魅は睒睗(ちらちらと覗き)、山精は妖孽(内から蝕んで)いく。

 そんなことなのだから、さらに風雲も感(援け)ず、羈旅(旅しては)帰ることなく、采葛(自死してみせる)こともできず、食薇(のろのろと生きて)しまい、窮巷(狭い路地)に沈淪(落ちては)、荆扉(ぼろ戸)に蕪没(埋もれ)、既に揺落(秋の葉色)を傷(悲しんでは)、彌(いよいよ)変衰(秋の枯色)を嗟き、『淮南子』に云う「木葉の落ちて、長年(老年)の悲しむ」というのはこれを謂うのだから、それを歌うとすると「建章の宮で三月(みつき)に火(燃えて)、黄河を万里に槎(遡って)いるのは、もし金谷園に満ちていた柏でなかったら、それは河陽の県の桃だった木なのだけど。」桓大司馬はこれを聞いて嘆いていう「昔年(むかし)種(飢えた)柳は、漢水の南に依依(ふんわりとしていた)のに、今看てみれば摇落(やせ衰えて)、江潭(江や淵辺)に凄愴(寂しげで)、樹もこのようなのだから、人は何以(どうやって)堪えるのかと思う。」

 庾信が生きたのは513~581年頃で、もともと南朝梁の生まれだったけど、557年に梁が滅ぶと北朝に使いしたまま帰れなくなって、その地で取り残されたように感じることを書いた作品が「枯樹賦」で、ちょうどこの時期は風の時代の終わり(551年に水瓶座、571年に蠍座でグレートコンジャンクションが起こっていて、以降少しずつ水の時代に移っていく)で、あまり~の時代を重く思っているわけではないけど、風の時代の終わりと水瓶座の末期度数にこのような作品やサビアンがあるとすれば、水瓶座28度はみずからの生きてきた根柢を捨てる、あるいは切り離されて枝葉を謝してでも、一人で風飛電散して千里にも渾然(かきくら)すような中にいて、そんなところでは小さな表現をして楽しむ獅子座28度の小鳥たちも、それぞれの心の中に日の暮れて途は遠く、止まっている樹も飄零(ざわざわ)と揺れて、冷たい風の吹く中でも危苦の声を出してもどうにもならないような薄暗い雰囲気が入ると思う。

 そんな中でも何かを変えることは今まで持っていたものを手放すことになる牡牛座28度(『更級日記』の菅原孝標女っぽい)と、そうして生まれた関係によって本当の望みに近づく変容を感じる蠍座28度は、それぞれ牡牛座は切り離される水瓶座と、蠍座はその中でも楽しみを感じている獅子座と組むような面があって、グランドクロスは引き裂かれるという感覚がなんとなくわかる気がする。

 ちなみに獅子座28度と水瓶座28度のサビアンを重ね合わせたような作品は、枚乗「七發」の一節

 龍門の桐は、高きこと百尺にして枝も無く、根は扶疏(ばさばさ)として分離(わかれ)ていて、上には千仭の峯があり、下には百丈の谿(渓)に臨み、湍流(速い流れ)や遡波(反す波)は、又澹淡(ざらざら)として、其の根は半死半生、冬には則ち烈風(激しい風)漂霰(ばらばら霰)飛雪の激(ぶつかる)ところ、夏は則ち霄霆(鳴る雷)、霹雳(裂く雷)の感(触れる)ところ、朝に則ち鸝黄・鳱鴠、暮れには則ち羈雌、迷鳥たちが宿り、独り鵠(鶴)は晨に其上に号(鳴)き、鵾鶏は哀鳴して其下を飛び、そんなとき秋を背(離れて)冬に渉(至れば)、琴摯(琴づくりの職工)に斫斬(切らせて)琴を為(作らせ)て歌えば「麦は蔪(穂)を秀(美しく)して雉は朝に飛び、虚(広く深い)壑に向かって槁(枯)れた槐に背けば、絶区(遠いところ)に依(居て)回(めぐ)る溪に臨む……」

のようになると思う。獅子座28度の鳥たちが止まっている樹はもしかすると枯れ木で、水瓶座28度で切られた木は、昔は雲門の舞・嶰谷の曲を知っていて何かの意で急に根株から切り離されているのではないけど。

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ぬぃ
占い・文学・ファッション・美術館などが好きです。 中国文学を学んだり、独特なスタイルのコーデを楽しんだり、詩を味わったり、文章書いたり……みたいな感じです。 ちなみに、太陽牡牛座、月山羊座、Asc天秤座(金星牡牛座)の月天王星海王星合だったりします笑。 易・中国文学などについてのブログも書いてます

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