姜夔 隠れ傑作選

「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、南宋の姜夔(きょうき)の隠れた傑作をたくさん紹介していきたいとおもいます。

 姜夔は、ふつう詞の名手として知られていますが、実は詩もかなりいいものが多い(本音をいうと、私は詩のほうがいいものが多い)とおもっています。

 なので、こちらの記事では、姜夔の詩をいくつかのせていきます。ちなみに、姜夔は五言古詩と七言絶句にとりわけいいものがあります。五言古詩はいい意味でちょっと野趣があります。七言絶句は澄んだ水の多い中国の風景がみえてきます。

姜夔 ひんやりとした上品さ 「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、南宋の姜夔(きょうき)という人についてかいていきます...

湘陰県

 姜夔の五言古詩で、もっとも傑作なのは「昔遊詩」です。こちらは、昔 旅行したあちこちのことを思い出して書いたものなのですが、ぜんぶで十五編の連作で、どれも珠玉の名品です。ここでは、そのいくつかを紹介してみます。

さらさらとした湘陰県の、ひっそりとした黄帝の祠(ほこら)。高い木々は楼殿を覆い、画のかかれた壁は半ば傾いている。蘆の多い中洲は雨にぼんやりとして、漁をする小舟が煙る中を帰っていく。重華山はみえず、ただ水鳥たちが飛んでいて、こんな中にいるとたとえ悲しくなくても、心がしんとしぼむようでした。

蕭蕭湘陰縣、寂寂黄陵祠。喬木蔭楼殿、画壁半傾攲。蘆洲雨中淡、漁網烟外帰。重華不可見、但見江鴎飛。假令無恨事、過此亦依依。(姜夔「昔遊詩 其四」)

 姜夔の詩って、あまり説明することがないのがいいですよね(笑)

 とにかく情緒があります。しいていうなら、湘陰県は、湖南省の地名です。大きい湖がつづいている中で、枯れ葦のたまった一画の、ちょっと平凡なはずなのに、とにかく情緒があります。

萬萬玉花凝

 どんどんいきます。

昔、衡山の下にあそんだとき、水が朱陵のほうに流れていくのをみた。空からはほろほろ雪が降ってきて、いくつもの玉花が凝っているようで、あるいは柔らかい絹をかけたようで、あるいは薄霧を敷いたようなのでした。

はらはらとして虎豹の鳴くような、ところどころに龍の泳ぐような、人の声はまったく聞こえず、ただ雪だけが濡れてまといつくような日で、岩の壁に貼りつくように魚たちがいて、いつまでもうろうろとしているのでした。きっとこの中から一匹が天に昇りて、雷雨を九州に流すのでしょう。

昔遊衡山下、看水入朱陵。半空掃積雪、萬萬玉花凝。或如生綃挂、或如薄霧横。紛紛虎豹吼、往往蛟龍驚。人語不相聞、濺雹漂風纓。有魚縁峭壁、上上終不停。此中有神物、雷雨周八紘。(姜夔「昔遊詩 其十」)

 衡山は湖南省の大きい山です(南を担当する霊山とされました)。その下の川にあそんだときに、その日は雪がふっていて、岸に寒そうに寄り集まっている魚がかわいいです。最後の「雷雨を九州に……」は、瀧をのぼった鯉が龍になる……みたいなニュアンスです(九州は中国全土)

雲来綿世界

 こんな名品が埋もれているなんて、私は悲しいので、すごく長いけど全部訳します。

昔 衡山の上にあそんだとき、まだ夜明け前に深い谷に入った。古い禅寺を訪ねたいと思っていると、座禅の板が二つの竹にかけてあり、まるでぶらんこのように垂れて、ひっくり返らぬようにされていた。

山を上ること九千丈、その途中には仏僧の方丈(小さい庵)が多く、峯は一つ登るごとに高くなり、峯々ごとに木々は蒼く茂っていた。一緒に来たひとは、いずれも木の先にわずかにのぞくばかりで、高い楼は石の橋に臨み、窓や欄には雲がたまっていた。

下が雷雨のときでも、上のほうは晴れていて、紫蓋峰は何ともごつごつとして、萬里が一目に集まったようで、他の峯の六、七十は、わずかに碧の波が小さく立っているだけのようで、北には高僧が霊験でころがした岩があり、その下は山に暮らすひとのたまり場になっていた。

その下には崖に生えた花があり、杯ほどの花びらが紅い玉の艶めきをゆらしていて、飛ぶ雲は私のまわりを流れ、掴もうとしても漂いあふれて、祝融峰は最も高く突き抜けて、紫蓋峰はその下にあった。下を仰ぎみて上を見おろす如く、古い苔だらけの巌がさまざまな姿で屈しながら白々と盛り上がり、ただ岣嶁峯だけが南のほうに緑で平たく盛り上がっていた

遠くにぼんやりと瀟湘の川があり、こちらにむかってぐねぐねと這うように流れて、高いところは私を恐れさせ、日頃の平らな水を思うのだった。

その東には雷穴があり、霊威があって禁足とされており、雲は流れ来りて世界を濡らし、雲が流れ散って峰が残るのだろう。僧の居所は割れた甕などが残っており、雲が入って住んでいるようだった。絶頂には長い石が梁のように横たわり、仙人の碑や庵があるという。

山には金色に光る草が多く、夜には灯りを連ねたようだった。山中はまだ訪ね終わらず、帰るのが早過ぎたのを怨む。

昔遊衡山上、未暁入幽谷。欲識所坐輿、横板挂両竹。状如秋千垂、髙下不傾覆。登山九千丈、中道多佛屋。一峰高一峰、峰峰秀林木。仰看同来客、木末見冠服。髙台石橋路、尋常雲所宿。下方雷雨時、此上自晴旭。紫蓋何突兀、萬里在一目。餘峰六七十、僅如翠浪矗。北有嬾瓚巌、大石庇樵牧。下窺半厓花、杯盂琢紅玉。飛雲身畔遇、攬之不盈掬。祝融最高絶、紫蓋不足録。俯視同仰観、蒼蒼萬形伏。惟餘岣嶁峰、南睇半空緑。髣髴認瀟湘、向嶽流屈曲。高処驚我魂、翻思宅平陸。其東有雷穴、霊異謹勿触。雲来綿世界、雲去一峯独。僧窓或留罅、雲入不可逐。絶頂横石梁、仙人有遺躅。山多金光草、夜半如列燭。霊薬不可尋、吁嗟帰太速。(姜夔「昔遊詩 其十一」)

 綺麗とか美しいを通り越して、もはや“おいしい”というのが近い気がします(笑)

 ちなみに、中国の山は、高さは2000mくらいでも、横には数十kmくらいあって、「山」と書くと山脈・山のかたまり、「峰」と書くとそれぞれの山をさします。ここでは「衡山」が湖南省の山のかたまり、「紫蓋峰・祝融峰」などはそれぞれの山のことです。

 どうでもいいですけど、こういうディープな地方伝承っていいですよね。姜夔はけっこうローカルな題材を扱ったときに、すごくいい作品を出す気がします。地方伝承を信じているのか、そうでもないのか微妙な距離感がいいですよね。

 余談ですけど、蘇軾(北宋の名文家・詩人)って、けっこう自分が真ん中にいて堂々と盛り上がる感じがして、姜夔っていつもやや外れたところから眺めている感じがあります(どっちも好き)

蘇軾 隠れ傑作選 「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、蘇軾の隠れた名品をいくつか紹介してみたいとおもいます...

 ちょっと長すぎる作品だったので、ここからは七言絶句でさらさらいきます。

七言絶句

 姜夔の七言絶句は、連作になっていることが多いです。というわけで、それぞれの連作の中から、とりわけ好きなものをいくつか選んでみました。たまたまですが、年末から旧正月にかけての詩ばかりになってしまいました(笑)

小さな草は水辺の雪に混じっていて、呉宮の烟はひんやりとして水は囲んでいます。梅園の向こうの竹藪は暗くして、夜には香りが小橋のそばに冷えそうな――。

玉を流したような水は冷たく、古い苔は雪を帯びて土塀の腰に這いました。誰の家にて玉笛は春曲を奏でて、柳の色を春めかしてます――。

細草穿沙雪半銷、呉宮烟冷水迢迢。梅花竹裏無人見、一夜吹香過石橋。(姜夔「除夜自石湖帰苕溪十首 其一」)
環玦随波冷未銷、古苔留雪臥牆腰。誰家玉笛吹春怨、看見鵞黄上柳條。(姜夔「除夜自石湖帰苕溪十首 其十」)

 除夜(冬至の前日)に、ひとりで江南の水を眺めながら、苕溪(浙江省の川の名)のほうに舟を漕いでいく様子が、すごく浮かんできます(苔が土塀の腰に生えるなんて、あまり優雅すぎないのがいいですよね)

湖上の風しずかにして月のまどろむ夜、雲は青いガラスのようなのでした。小舟がひとつ窓の近くを通りまして、蘆のひとつが揺れるのです。

湖上風恬月澹時、臥看雲影入玻瓈。軽舟忽向窓辺過、揺動青蘆一両枝。(姜夔「湖上寓居雑詠十四首 其二」)

 もはや大正時代の詩みたいな雰囲気ですよね。どうでもいいけど、私の家のまわりは葦が多いので、勝手に共感してしまう作品です(舟は通らないけど)

さまざまな姿の灯りが並んで、火を入れれば薄い絹はほんのりと色づきました。夜店の幾つもは見終わらず、きらきらした灯りはきらきら通っていきました。

江南の楼には歌と笛が鳴りまして、灯りは街に珠を連ねたようなのでした。今年の太守はとてもうるさいので、梅の簪だけ挿してみます――。

世間形象尽成燈、烘火旋紗巧思生。列肆又多看不遍、遊人一一把燈行。(姜夔「観燈口号十首 其一」)
市楼歌吹太喧譁、燈若連珠照萬家。太守令厳君莫舞、遊人空帯玉梅花。(姜夔「観燈口号十首 其二」)

 宋代には、新年に飾りのついた灯籠などをたくさん出して祝いました(長崎のランタンフェスティバルみたいな感じです。ちょっと凝った細工などをほどこした飾り灯籠みたいなのもかなり作られました)

灯りはしだいに小さくなって月の冴える頃、遊ぶ人たちは夜の遅くに帰ります。でもまだめかし足りないわたしの、階の前にてかんざしの影がくるくる舞いました。

遊ぶ人の帰ったあとの繫華は静かで、でも妓楼の門はまだ開いているのでした。簾の内にはほんのりと灯りが酒に浮かんでいて、その席は春のような華の灯りです――。

燈已闌珊月気寒、舞児往往夜深還。只因不尽婆娑意、更向階心弄影看。(姜夔「燈詞四首 其二」)
遊人帰後天街静、坊陌人家未閉門。簾裏垂燈照尊俎、坐中嬉笑覚春温。(姜夔「燈詞四首 其四」)

 もはや南宋の風俗画をみるような気分になります。あまり説明することもないので、とりあえずこれで終わります(笑)

 お読みいただきありがとうございました。

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