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姜夔 ひんやりとした上品さ

「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、南宋の姜夔(きょうき)という人についてかいていきます。

 姜夔という作者を、たぶんほとんどの方は聞いたこともないとおもうのですが、私は“北宋の蘇軾、南宋の姜夔”というほど、魅力的な人だと思うので、ぜひ楽しんでいただけると嬉しいです。

 姜夔の魅力は、ひとことでいうと「洗練されている」です。

 詩・詞どちらにもすぐれていて、しかも感情を出しすぎずにひんやりと上品な雰囲気をまとっているのがすごくいいです。あと、感性と理知のバランスもすごくいいタイプです。

わずかに匂う梅のような

 まず、姜夔の作風は“ひんやりとした梅”に似ているとされます。

数日前の杭州の夜は華やかにして、まだ柳も堅く梅も小さかったのに、いつしか今日の歓楽の夜には、かえって寒くて出られないのです。 簾をさげて、月は低く、古い想い出などを取り出して紅々とした都を詠んでおりますが、芙蓉の影が深くなった真夜中の一時ごろ、隣りの娘が帰ってきたのでした。

憶昨天街預賞時、柳慳梅小未教知。而今正是歓游夕、却怕春寒自掩扉。 簾寂寂、月低低、旧情惟有絳都詞。芙蓉影暗三更後、臥聴鄰娃笑語帰。(姜夔「鷓鴣天・元夕不出」)

 なんていうか、細いです。いかにも姜夔らしいのは「古い想い出などを取り出して紅々とした都を詠んでおります(旧情惟有絳都詞)」ですかね。

 姜夔の作品って、根っこにある感情がぼんやり蔽われていてみえないことが多いです。こちらも「古い想い出」が実際になにか分からないまま、ただ寒い旧正月の夜にぼんやりとしていると、せっかく楽しい街の様子がみられずに終ってしまったのですが――という話になります。

 この核心にたどり着かないまま終わってしまう詞――というのが、姜夔らしい雰囲気です。これはこれで、きれいに整えられた塀の向こうから、ほんのり梅の香りが漂っているけど、その花はみえない――みたいな、とても上品な余韻があります。

 その古い想い出が、なんとなく心の奥に引っかかりながら、それを紛らわせるように今のことだけを書いて終わられてしまう、という雰囲気です。もうひとつ、そんな作品をみてみます。

西の園ではかつて梅花の宴をしましたが、そのときの葉は春雲のひらひらとするようで、玉笙は夜にひんやりと簾の内から聞こえてきて、わずかに梅の一枝をゆらすのでした。 ひらひらのよのよとして、誰が惜しむのでしょうか。むなしく紗の頭物のそばに落ちて、沈香を焚いた亭の北には青い苔がありますが、そちらは蝶たちが飛んでいますこと

西園曾為梅花酔。葉翦春雲細。玉笙涼夜隔簾吹。臥看花梢揺動一枝枝。 娉娉嫋嫋教誰惜。空壓紗巾側。沈香亭北又青苔。唯有当時蝴蝶自飛来。(姜夔「虞美人・賦牡丹」)

 こちらは風景の描き方が、ほのめかしにほのめかしを重ねています。

「玉笙は夜にひんやりと簾の向こうから聞こえて――(玉笙涼夜隔簾吹)」だったり、「沈香を焚いた亭の北には青い苔がありますが、そちらは蝶たちが飛んでいますこと(沈香亭北又青苔、唯有当時蝴蝶自飛来)」は、実際にみえていないのが、すごく淡いです。

 あと、「わずかに梅の一枝をゆらすのでした(臥看花梢揺動一枝枝)」も、この「一枝」がいいとおもいます。たくさんある中で、ちょっと一枝だけ揺れたような……という薄く淡い感じが、すごく静謐で繊細です。

 もうひとつ、「娉娉嫋嫋(ひらひらのよのよとして……)」も、擬態語だけが並んでいるのが詞では珍しいのですが、花の雰囲気だけがわずかに滲んでいて素敵です。

 こんな感じで、姜夔はどちらかというと「薄くて淡い」ということに魅力があります。感情もひんやりと薄くて、風景もほんのりと淡くなっています。

 ちなみに、南宋のときは、姜夔の詞みたいに、わずかに風景の一片だけをかいたような絵が流行りました。

 こちらは、湖の波だけをかいています。なんていうか、この奥にぼんやりとした波がさらにつづいているのが、余韻にあふれています(南宋の文化って、どこか小さく縮めた感じがあります)

寡作の秀才

 もうひとつ、姜夔を語る上で忘れられないのは、姜夔は詩のつくり方を理論化している、ということです。

 宋代には「詩話(しわ。詩についての評論)」が出てきます。詩話は北宋の頃にもあったのですが、北宋では詩について思ったことを雑多に書き留めただけでした。一方で、南宋の詩話は、詩の歴史や理論などをより整理していきます。

 ちなみに、北宋の詞で有名だった蘇軾・周邦彦は、あれだけの名品を生みだしながら、ほとんど理論っぽいことは書いていません。しかも、そのふたりは、いびつで癖のある作品でも出してしまいます(むしろ、そのいびつさが、一回かぎりの味になります)

 この自信にあふれているのが蘇軾・周邦彦などの魅力で、彼らが天才とされるのもそういうところです。逆に、姜夔はかなり理論を重視していて、ちゃんと名品を再現できるようにしていくのを重んじます。

 あと、宋代の人はすごく作品数が多いのですが、姜夔はとても寡作です。今残っているのが300作くらいなので(しかも、短い作品も多いので)、一年に数本ずつ作れば、十分できてしまいます(蘇軾は、詩詞あわせて3000くらいあります)

 ですが、姜夔はのこっている作品が、どれも名品ぞろいです。駄作はほとんどなくて、しっかりと理論的にいい作品を再現していくのが「寡作の秀才タイプ」になります(逆に、蘇軾は「多作の天才」です)。ちょっと姜夔の詩話(白石道人詩説)を引用してみます。

長編の詩は、もっとも構成が大切。前後のバランスが良くて、真ん中が盛り上がるのがいい。多くの人は龍頭蛇尾なことが多い。(作大篇、尤當布置。首尾勻停、腰腹肥満。多見人前面有餘、後面不足。)

みんなが書くようなことはあまり書かず、あまり書く人がいないことを深く書けば、その詩は俗っぽくならない。(人所易言、我寡言之、人所難言、我易言之、自不俗。)

小さい詩は深くて、短めの詩は含みがあり、長い詩は広がりがあるのが良い。(小詩精深、短章蘊藉、大篇有開闔、乃妙。)

盛り上がりのある詩は、たとえば江湖の中で、一つの波が終わらないうちに、つぎの波が起こるようで、あちこち変化して、目が追いつかないのに、形が崩れすぎないのが良い。(波瀾開闔、如在江湖中、一波未平、一波已作。……出入変化、不可紀極、而法度不可乱。)

その人の言葉は、その人の味がある。模倣して表面が似ているといっても、味わいがない。(一家之語、自有一家之風味。……模倣者語雖似之、韻亦無矣。)

 どれも深い見識が滲んでいて、すごく好きでした(笑)

姜夔の詩

 というわけで、姜夔はふつう詞の作者として有名なのですが、実は詩もすごくいいということを紹介していきます。

渡しの水は深く澄んでいて、鴻は老いた樹の上に止まる。白馬山も洞天(山中の仙境)にして、昔の人は不思議なことに会ったという。洞門は見えずして、ただ水の声だけが聞えるのだが、山中の道観(道教の寺院)をみながら、舟に乗ったのだった。

長い廊は五つの殿を囲み、二階の閣は山の木々に映えて、そのつくりは大きく高く、ぐるりとめぐって木々に囲まれている。山の上から五つの渓をのぞみ、壺頭山はすぐ近くにあり、古い宮はその北にあって、古い瓦には松の霧がついている。

古い杉は晋の頃よりあるといい、中には住んでいる人がいた。外は四十尺ほどで、内には十人が入れるほどで、私はそのまま瞿仙館に行くと、壇の上には祭儀の色煉瓦が埋め込まれていた。

その下には八方にうねる坡(丘)がつづいていて、一つの亭にて多くの妙景を眺められて、ふたつの山の間に澄んだ沼があり、老木はがちがちと絡みあっていた。前をみれば澄んで遠く、座っていると寒さに襲われる。桃源はみえなくて、どうやら宮の南にあるらしかった。

その山路は深くて暗く、猿などがあちこち上下しており、石のすき間から水がでていて、しばらくそれをながめていたのだった。昔、漁をしていた人が、流れてくる水の先に洞があったというが、いま行ってみればそんなものはなく、道そのものが間違っていたらしい。残念なまま帰ってきて、この遊びも何度もはできず、すでに二十年が経ち、今でも不思議な旅だったように思える。

渡頭何清深、鴻鵠在高樹。白馬亦洞天、昔人有奇遇。洞門不可見、但聞水声怒。瞻彼羽人宅、乃乗方船渡。修廊夾五殿、重閣映千樹。規模象魏壮、回合緑陰護。山椒望五溪、壺頭入指顧。故宮在其北、屋瓦帯松霧。古杉晋時物、中空野人住。外圍四十尺、内可十客聚。我遊瞿仙館、壇上表遺歩。却下八畳坡、一亭衆妙具。両山抱澄潭、老木枝榦互。瞻前秀而迥、坐久凛難駐。桃源独不見、僻在宮南路。山行轉深邃、狙猿紛上下。石竇出微涓、令我意猶豫。昔聞漁舟子、水際見洞戸。今看去溪遠、定自後人誤。惆悵却帰来、此遊不得屢。於今二十年、歴歴経行処。(姜夔「昔遊詩 其九」)

 これこそ、“あまり書く人がいないことを深く書いて、一つの波が終わらないうちに、つぎの波が起こるようで(寺院の様子・大きい杉の穴・まわりの眺め・仙境に着かなかったこと)、真ん中が盛り上がる長編”です。完璧すぎませんか。

 もうひとつ、短いものを。

新年の華灯のときに天は邪を下し、翠の裳は雨に濡れるのをおそれるので、都の大きな通りは暗くして、わずかに楼上の歌ばかりが漏れました。

正好嬉遊天作魔、翠裙無奈雨沾何。御街暗裏無燈火、処処但聞楼上歌。(姜夔「観灯口号十首 其十」)

 この傍観的な感じがいかにも姜夔です。楼の上の歌みたいな、みえないところに深みのある小さい詩がかわいいのに上品で素敵です。

 というわけで、南宋のマイナーだけど名品づくしの姜夔を紹介してみました。ぜひ淡く上品な魅力を味わっていただけたら嬉しいです。お読みいただきありがとうございました。

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ぬぃ
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