王孟韋柳

「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、王孟韋柳(王維・孟浩然・韋応物・柳宗元。唐代の自然描写がうつくしい詩人たち)のことについてかいてみます。

 この四人は、のちの時代からもとても人気が高いし、わたしもすごくきれいな詩だと思っているので、ぜひその魅力をお伝えしてみたいです。あと、自然描写にすぐれているのは一緒でも、かなり作風が違うので、そちらもあわせて書いていきます。

 ちなみに、この四人については、私よりも深く読みこんでいる広瀬淡窓(江戸時代の文人)の批評をのせながら解説していきます(わたしも、王孟韋柳をはじめて知ったのは、この人の批評からでした)

一祖四宗

 まず、淡窓による紹介はこんなふうに始まります(ほどよく意訳していきます)

田園の趣きを写すこと、陶淵明に始まる。……陶淵明を祖として、王孟韋柳を宗とし、一祖四宗のたとえをしたが、それは詩派の由来をしめしたもので――(『淡窓詩話』上巻。これ以降もすべて同じです)

 中国では、初代皇帝を「祖」、そのあとの皇帝たちを「~宗」のように称号をつけるので、自然描写の初代としての陶淵明、みたいな意味です。

 陶淵明の詩をひとつのせてみます。

ゆったりと茂った堂の前の木々は、ひっそりと夏の日陰をつくっていて、南風が時おり来れば、まわりこんで部屋の中にもはいってくる。ひとり静かに遊ぶときには、半ば寝ながら琴や書をさわるのだが、畑の蔬(野菜)は余るほどあり、去年の米もまだのこっている……。

藹藹堂前林、中夏貯清陰。凱風因時来、回飆開我襟。息交遊閑業、臥起弄書琴。園蔬有餘滋、舊穀猶儲今。(陶淵明「和郭主簿二首 其一」)

 これが田園のおもむき、です。というわけで、ここから唐代の四人をみていきたいとおもいます。

王維

 広瀬淡窓は「王維の風景描写は、雰囲気をうつすことを大事にしていて、細部は書かずにすませている」としてます。

 それが感じられるのは、こんな作品だとおもいます。

高い楼から望んでみれば、遠くはみえなくて思いは惹かれる気がするのですが、寝ながらにして千里の先をみて、窓の内より多くの部屋がとおくにみえる楼におります。

悠々として遠い旅のひとは、ほのほのとした日をうけて野を行きますが、果ての浦にて悲しんで、ほそくさびしく霞の中を行く頃でしょうか。優れた才のあなたも、故郷をのぞむのは私と同じだと聞いていますが、やはり故郷はみえずに、雲と水が遠くでまざりあっています。

高楼望所思、目極情未畢。枕上見千里、窓中窺萬室。悠悠長路人、曖曖遠郊日。惆悵極浦外、迢遞孤煙出。能賦属上才、思帰同下秩。故郷不可見、雲水空如一。(王維「和使君五郎西楼望遠思帰」)

 こちらの作品では「ほそくさびしく霞の中を行く頃で――(迢遞孤煙出)」みたいな、微妙な雰囲気だけを描いている句が多いです。

 もしくは、こういうのも近いかもです。

木の上で木槿(むくげ)の花が、ひっそり紅く咲いていて、流れのそばの戸は誰もいなくて、ひらひら落ちては開くのです。

木末芙蓉花、山中發紅萼。澗戸寂無人、紛紛開且落。(王維「辛夷塢」)

 こちらは、夏の濃い木々のなかで、紅いむくげの花がさいている――という色の雰囲気だけをかいていて、木々の様子などはほとんど描いていないです。このあえて大まかなところが王維の淡い味わいです。

孟浩然

 つづいては孟浩然です(「春眠 暁を――」の孟浩然です)

 淡窓の孟浩然評はちょっとおもしろいです。

孟浩然の詩は、才気は王維にかなり劣っているが、その風趣の高らかさは勝っている。……孟浩然の五言律詩は、古詩らしさをふくんだ律詩になっている。

 古詩というのは、後漢~六朝あたりの長さも形もきまっていない詩です。律詩というのは六朝の中ごろにでてきた官人たちの贈答用のスタイル(合計八句で、3・4句めと5・6句めが対句)のことです。

 こちらの作品は、3・4句めがほどよく崩れています。

星は牛渚(地名)に浮かぶ夜、風は止んで私の舟は遅くなります。波の上ではかつて一緒に泊まりましたが、霧と波にたちまち隔てられてしまいます。舟上の歌はぼんやりと消えて、船の明かりはそれとも見えませんから、明日 海にむけて漕ぎ出しても、波の上に会うこともないのでしょう。

星羅牛渚夕、風退鷁舟遅。浦漵嘗同宿、煙波忽間之。榜歌空裏失、船火望中疑。明發泛潮海、茫茫何処期。(孟浩然「夜泊牛渚趁薛八船不及」)

嘗同宿・忽間之」が、いちおう対にはなっているけど、あまり整ってはいないです。こんな感じで、律詩の形なのに、ところどころ律詩らしくない句が入っているのが、孟浩然らしさになります。

 そして、「明日 海にむけて漕ぎ出しても、波の上に会うこともないのでしょう」みたいに、大きい海に放り出すような終わり方が、“高らかな風趣”になります。いい意味で、孟浩然ってちょっと荒っぽい仕上がりだったりします。

韋応物

 つづいては韋応物(いおうぶつ)です。

 淡窓は「韋応物は五言古詩がすぐれており、文選(六朝時代の詩集)を学んだものなので、六朝っぽさをまとっている。……王維の五言古詩はすっきりとしすぎていて古めかしさは足りないが、韋応物はあえて拙い雰囲気が六朝っぽさになっている」といっています。

 こちらは、たぶんそんな作品です。注目ポイントは5・6句めがあえて対句になっていないこと&一つ一つの風景がせまく小さいこと、です。

近ごろ永陽群(安徽省)の長官をやめて、また潯陽(江西省)の楼にてのらのろと過ごしておりますが、高い欄にはつめたい雨が降っていて、ほそい城壁は江に濡れております

こんな雁の音を聞くような夜には、重ねて昔の別れの秋を思い出し、ただ酒などを出しながら、寂しさを紛らわせているだけです。

始罷永陽守、復臥潯陽楼。懸檻飄寒雨、危堞侵江流。迨茲聞雁夜、重憶別離秋。徒有盈樽酒、鎮此百端憂。(韋応物「登郡寄京師諸季淮南子弟」)

 なんか渋いね……。ちなみに、こんな感じで役人生活の中でみている自然の風物を詠んでいくスタイルは、さきほどの『文選(六朝時代の詩集)』のなかでも、謝朓(しゃちょう)という詩人がすごくいい作品をのこしています。

 ちなみに、陶淵明はすごく日本でも知られていますが、中国では「山水田園詩派」といったときは、陶淵明・謝霊運・謝朓などがふくまれていて、韋応物はとりわけ謝朓っぽいです。

謝朓 「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、六朝時代のちょっと真ん中あたりにいきていた謝朓(しゃ...

 あと、「あえて拙い雰囲気」というのは、思っていることを全部書ききれないで終わってしまう詩風によく出ています。

 さきほどの王維の長いほうの詩(古詩)とくらべてみると、王維は「故郷はみえなくて、雲と水が遠くでまざりあっているのです(故郷不可見、雲水空如一)」みたいに、大きい景色ではっきりと故郷への想いをかいています。

 一方で、こちらの韋応物は「ただ酒などを出しては、もろもろの憂いを紛らわせているのです(徒有盈樽酒、鎮此百端憂)」みたいに、ちょっと小さいことをいって終わらせています。あえて世俗的な哀楽がでてくるのが、ちょっと鈍くて拙い感じになって、むしろ余韻にあふれています。

 あと、風景描写も「危堞(ほそい城壁)・江流(江のながれ)」みたいに、物を並べるようにしています。一方で、王維は「ほのほのとした日をうけて野を行き、果ての浦にて悲しんで……(曖曖遠郊日、惆悵極浦外)」みたいに、淡く雰囲気だけをみせています。

 こんなふうに、韋応物って、なんとなく風景がダマになっていて、ごろごろがたがたしていたり、終わり方が舌足らずな余韻があるのが、むしろ魅力的なのです。

柳宗元

 というわけで、最後の柳宗元です。淡窓の評は、こんな感じ。

柳宗元は、韋応物とならんで古詩が得意なひとで、六朝をまなんでいる。……陶淵明・柳宗元は、平淡な中にも、どこか鋭いものが入っていて――

 この「平淡な中のするどさ」は、たとえば陶淵明だと「ひとり静かに遊ぶときには、半ば寝ながら琴や書をさわるのですが――」みたいに、ちょっと人を寄せつけない感じを、一瞬だけ帯びたような……というところですかね(笑)

 柳宗元は、もうちょっと鋭さが多いかもです。こちらは柘榴(ざくろ)を植えた詩です。

一尺にもみたない苗のときから、遠くの蓬瀛(仙島)のことを思いて、月の寒き夜はひえびえと庭に明けていき、わずかな夢はほのぼのとした彩雲を帯びているのでしょう。汚れた土でもきれいな葉をつけて、苔を帯びては玉色の花を咲かせるのですが、その根もまた色をおびて、誰のために待たれているのでしょう。

弱植不盈尺、遠意駐蓬瀛。月寒空堦曙、幽夢綵雲生。糞壌擢珠樹、莓苔插瓊英。芳根閟顔色、徂歲為誰栄。(柳宗元「新植海石榴」)

 植物の彩りがきれいなところなどはすごく似ていますが、ちょっと孤高な感じの柘榴になっています。そして、こちらも「幽夢(わずかな夢)・綵雲(彩りのある雲)」などのように、ちょっと物をつみねた感じが、六朝っぽいごてごてになっています。

 あと、「(その柘榴の)夢はほのぼのとした彩雲を帯びていて……」みたいに、植物を擬人化するのは、やはり『文選』に入っている詩がそういう感じです。

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 というわけで、すごくあっさりとですが、王孟韋柳の紹介をしてみました。あらためて読んだのですが、すごくいい作品が多くて、わたしも書いていて楽しかったです(笑)

 この四人は、風情があって、しかも楽しみやすい作品が多いなぁ……とあらためて感じたので、読んでくださった方にも少しでもその魅力が伝わっていたらうれしいです。お読みいただきありがとうございました。

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