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六朝駢文 隠れ傑作選

「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、六朝時代の駢文(対句のたくさん入っている美文)の中で、わたしが好きな作品をいくつか紹介して、駢文の魅力をお伝えしてみたいとおもいます。

 六朝の駢文って、そもそもどんな作品があるのかすら紹介されないので、あえてなるべくマイナーな作品を選んでのせてみます(しかも、賦は入れない縛りを設けました♪)

 ふつう、六朝の駢文って、中身のない薄っぺらい美文みたいに云われがちですが、いい作品はちゃんと内容もあります(笑)

潜気内転、哀音外激

 まずは、後漢の終わり頃に、のちの魏の文帝におくられた牋(せん。上の人への手紙)です。

一月八日、繁欽が畏れ多くも手紙で失礼します。近ごろめずらしい楽才をもっている者をお求めとのことで、薛訪の車係で、まだ年は十四ですが、笛のようになめらかな歌を歌う子がいるとのことで、さっそく呼んで聴いたのですが、まったく天地の生んだ妙物というのは、この世に居るのだと驚かされるのでした。

その声は潜気内転して、哀音外激して、大きくても荒くならず、小さくても消え入らずというもので、楽人の温胡も、一緒に和して歌い、その子の喉は、つねに響きに合わせて、曲折浮沈していたのです。

温胡は知らない曲をひとつ試してみたところ、その子の技も尽きて力及ばず、それでいて置いて行かれた声はまだ抑揚して、その歌は消えず、ゆらゆらと転化して、残りつづけていましたが、その清激なる悲吟は、哀し気で頑なな艶っぽさもあり、こんなときに日は西に傾き、寒風もふいて、山を背にして谷に臨んで、水もさらさらと鳴っていたので、同座のものは感じ入って、悲しい気分に思わず飲まれてしまいました。

正月八日壬寅、領主簿繁欽、死罪死罪。……頃諸鼓吹、広求異妓、時都尉薛訪車子、年始十四、能喉囀引声、與笳同音。……即日故共観試、乃知天壌之所生、誠有自然之妙物也。潜気内転、哀音外激、大不抗越、細不幽散、……及與黄門鼓吹温胡、迭唱迭和、喉所発音、無不響応、曲折沈浮、……胡欲傲其所不知、尚之以一曲、巧竭意匱、既已不能。而此孺子遺声抑揚、不可勝窮、優遊転化、餘弄未尽。暨其清激悲吟、……哀感頑艶。是時日在西隅、涼風拂衽、背山臨谿、流泉東逝。同坐仰嘆、……悲懐慷慨。(後漢・繁欽「與魏文帝牋」より)

 初期の駢文ですね。まだまだ対句は未完成なところは多いですが、これはこれで味わい深いです。でも、「潜気内転、哀音外激」「大不抗越、細不幽散(抗越:高ぶる、幽散:消え入る)」などはかなり印象的です(むしろ、本当に大事なところの対句が効いています)

 あと、四文字ずつで書いていくのは、後漢あたりの文章にも似ています。色味の少ない中で、ときどき質感をきれいに描いた句が入るのが、この時期の名品に多いです(「潜気」で、喉の奥にたまった気――みたいな感じです)

後漢の文章 「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、後漢の文章によくみられる作風についてかいてみたいと思...

賦みたいな手紙

 つづいては、南朝宋のころの鮑照(ほうしょう)が妹にあてた手紙です(秋の道中の描写がすさまじい……)

その積み上がった山は萬種に異なり、気を背負って高さを競い、霞をおびて日を隠し、がつがつとして互いに押し合い、長い隴(丘)に乗り上げながら、前後につづいていくのです。天を匝(箱)のように囲っては、地に横たわってどこまでも続き、東は平らで湿った沼地があって、それは果てもなく広がっているのです。

その北は、池などが幾つもつづいていて、湖が互いに混ざりあっているのですが、蓬がその上に積み上がって、葦なども水を隠しておりまして、その西は曲がった江がどこまでもつづき、遠くの波は天の色を湛えておりました。

どろどろとして濤は尽きず、もやもやとして終わることもなく、川霧は八方へ漂っていき、野の土にまざっていくようです。その横で川は流れて、どこまで続くかも分からず、川の神のどろどろと荒れて、得体の知れないような気すらしてくるのでした。

則積山萬状、負気争高、含霞飲景、参差代雄、凌跨長隴、前後相属、帯天有匝、横地無窮。東則砥原遠隰、亡端靡際。……北則陂池潜演、湖脈通連。苧蒿攸積、菰蘆所繁。……西則迴江永指、長波天合。滔滔何窮、漫漫安竭。……煙帰八表、終為野塵。而是注集、長寫不測、修霊浩蕩、知其何故哉。(南朝宋・鮑照「登大雷岸與妹書」より)

 こちらもそれほど対句が多いわけではありません。むしろ色々と不規則です。

 注目ポイントは「陂池潜演、湖脈通連」です。「陂池」はどちらも池、「潜演」は潜ったように流れていること(演:流れる)です、ここでは、葦などに覆われながら、その下で水がつながっている感じですかね。「湖脈」は、湖が脈々とつながっていること、「通連」はつながるです。

 これをみていると、「陂池(池)」と「湖脈(湖のつながり)」って、あまりきれいな対になっていません。逆に「潜演」は複雑な表情をおびているのに、「通連」はそのまま過ぎる気がしませんか。

 こんな感じで、ちょっと不規則にごつごつしているのが、荒れたような秋の風景に似合っています。対句をあえて整えすぎない味わいですね。

異動の挨拶

 謝朓(しゃちょう)という人は、南斉(六朝の真ん中あたり)に生きていたのですが、役人生活の中での作品に、すごい名品が多いというちょっと珍しいタイプだったりします。こちらは、馴染みの上役から離れることになった別れの挨拶状です。

謝朓 「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、六朝時代のちょっと真ん中あたりにいきていた謝朓(しゃ...

謝朓の畏れ多くもご挨拶させていただきます。先日、私は新安王のところに移ることが決まりました。

潢汙(濁った水溜まり)は、海まで行きたいと思いながら涸れてしまい、のろまな馬は、踊るように走りたいと思いながら疲れてしまいます。わたしも実に凡庸な者で、大した才もありませんが、天地の良き時と、山川の穏やかな和につつまれて、わずかな才を持ち上げられ、小さな功を褒められたのであります。

東は三つの江を渡り、西は七つの澤に遊んで、軍営にてかつがつして、宴席にてゆくらにございましたが、いつしか滄溟(海)のまだ動かぬうちに、わたしは魚として打ち上げられ、北海は春になったのに、わたしは鳥として飛んでいくことになったようです。

ひんやりと静かな官舎や、しんと寂しげな垣をみていると、涙をふいて挨拶を書き、悲しみが寄せてくるようで、犬馬のごとき誠すら果たせないのでした。

謝朓死罪死罪、即日被尚書召、以朓補中軍新安王記室参軍。朓聞潢汙之水、願朝宗而每竭。駑蹇之乗、希沃若而中疲。……朓実庸流、行能無算。属天地休明、山川受納、褒采一介、抽揚小善、……東乱三江、西浮七澤。契闊戎旃、従容宴語。……不悟滄溟未運、波臣自蕩、渤澥方春、旅翮先謝。清切藩房、寂寥舊蓽。……攬涕告辞、悲来横集、不任犬馬之誠。(南斉・謝朓「拝中軍記室辞隨王牋」)

 これが異動の挨拶なんですよね(ここまで気の合う人にめぐまれるのも珍しいかもです笑)。対句もとても綺麗になっていて、ほとんどの句に出典もあるのですが、それを気にせずに読めてしまいます。

 一つだけ紹介したいので、「潢汙之水、願朝宗而每竭」を例にします。「潢汙」は黄色く濁った水たまりです。「朝宗」は「多くの川が海に向かってながれること(江漢朝宗于海)」です。ここでは、水溜まりのように小さい私は、他の川といっしょに海までたどり着けません(他の人と一緒にこのままこちらには居られません……)という比喩になっています。

 こんな感じで、きれいな駢文は、出典を微妙に変えて用いることが多いです。

急ぎの手紙

 今度はあえて短いものをいきます。こちらは、梁の皇族だった蕭繹(しょうえき)の手紙です。梁のみやこの南京が反乱によって乗っ取られたときに、配下の将軍にあてたもので、本当に急ぎのものになります。

賊は必ずや勢いに乗って、西まで下ってくるから、わざわざ遠く攻めず、ただ巴丘(江西省あたり)で守って、向こうの疲れるのを待ち、討つことを焦らぬように。

賊既乗勝、必将西下。不労遠撃、但守巴丘。以逸待労、無慮不克。(梁・蕭繹「遺王僧辯書」)

 急ぎの手紙でも四文字で一句になるようにしてあります。「遠撃(遠く攻め込む)」と「巴丘(地名)」が対になっているなど、駢文ってかなり崩れていても四文字の形があれば、それっぽくみえます(個人的には、むしろ切れ目がわかりやすいので、平易な駢文は読みやすくて好きです)

六朝の終わり

 最後に、六朝のおわり頃の駢文をみてみます。こちらは、隋がいよいよ陳をほろぼすときに、長江の神に波を静めてもらうように頼む文です。

隋の開皇九年、元帥は長江の神を祭らせていただきます。この長江は、二つの流れを引きて、九つの枝をもち、四つの瀆(大水)で最も長く、百の川を呑んでおります。晋の永嘉年間よりのちは、天の霊は世を御さずに、呉越(長江下流)に藪のごとく、長年にわたって王朝が代わりました。

そんな中、民は泥と炭に落ちる苦しみに遭い、人も神も怨むことでしたが、此度の平定では、あちらの一方を清めて、多くのものを率いて長江を渡らせていただきます。神霊の助けを得て、無事に渡らせていただければ幸いでございます。

願わくは蛟螭(水龍たち)のしばらく波の内に隠れられて、舟の帳に波穏やかにして、陳を平らげてのちは、海内も泰らかになり、そのときは謹んで祭儀を行い、多くの供物を奉上したいと申し上げます。

維開皇九年、行軍元帥……敬祭南瀆大江之神、……引双流而分九派、長四瀆而納百川。自晋永嘉、乾霊落綱、蕞爾呉越、僭偽相承。……甿庶為其塗炭、人神所以怨憤。忝司九伐、清彼一方、分命将士、乗流南渡、仰憑霊祐、咸蒙利渉。……庶蛟螭竄于洲渚、帷蓋静于波涛、江表克平、海内清泰。謹申礼薦、惟神尚享。(隋・薛道衡「祭江文」)

 実は、これ意外と読みやすいのですよね。ちょっと興味深いのは「引双流而分九派、長四瀆而納百川」です。「双流」は、四川省からのふたつの水源、「九派」は江西省九江市で合流する九つの支流になります。

「四瀆」は、長江・黄河・淮水・済水の四つの川です。「百川」はその他もろもろの支流です。こんな感じで、むずかしい出典をあまり入れないで作られるようになっていきます。

 もうひとつ、「蕞爾呉越」も意外とわかりやすいです。「蕞(さい)」は小さい木がたくさん集まっていることなので、呉越あたりに藪のように――みたいに、絵的にわかりやすい字を選ぶようになっていきます(蕞爾は蕞然と同じです)

 というわけで、すごく無理やりでしたが、六朝の駢文の中でも、作者や時代の雰囲気をよく出しているなぁ……と感じるものを選んで紹介してみました。 日本ではほとんど紹介されない駢文ですが、少しでも練り上げられた表現の美しさを感じていただけたら嬉しいです。お読みいただきありがとうございました。

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ぬぃ
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