先秦

九歌  楚の里神楽

「ぬぃの中国文学ノート」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、中国でもっとも愛されている最初の抒情詩とされている『楚辞』の中から、「九歌」という作品について書いていきたいとおもいます。

 実は「九歌」は、わたしが中国文学に興味をもったときに最初にはまった作品なので、その魅力をぜひ伝えたい――とおもっています。すごく民間のあやしい祭祀の息づかいまで聞こえてくるような、かわいくて味わい深い作品なので、ぜひ興味をもっていただけたら嬉しいです。

 というわけで、さっそく書いていきます。

楚辞について

『楚辞』は、その名のとおり、戦国時代の楚(長江中流あたり)でつくられた作品なのですが、作者はよくわかっていません(屈原がつくったという伝承はあります)。

 有名な作品には「離騒」「九歌」「天問」「九章」「招魂」などがあります。

 その中でもっとも有名なのは「離騒(りそう)」なのですが、これはとても長いので、ここでは紹介できません(笑)ちなみに、「離」は「罹(り。ひっかかる)」のことで、「騒」は愁いとされているので、心が憂いにとらわれる――の意味です(のちに楚辞のことを「騒」といったりします)

 そして、「九歌」は楚の土着の神々をまつるための神楽として演じられた作品とされています。その魅力は、楚にいる神々の自在で多情なところだと思っていて、あやしげな姿とあわせてどこか幻想的な雰囲気をつくっています。

 もっとも、九歌以外のものにも、けっこうあやしげな神々は出てくるのですが、九歌の描き方がわたしとしては一番魅力的だとおもっているので、九歌を紹介させてください(笑)

雲中君

 まずは「雲中君」という雲の神からご紹介いたします。

蘭の湯をあびて良き香りをまとい、華衣を着て英(花びら)をまとう。
霊は連蜷(うねうね)として既にやってきて、爛昭々(ぎらぎらどろどろ)としてその耀きも尽きず。寿宮(神の宮)にゆったりと留まりて、日月と光を斉しくせり。
龍に駕(の)りて帝服を着て、聊か翱遊(飛び回り)てひらひらとして、その霊は皇々(きらきら)として降りてきたとおもったら、たちまちに遠く上がりて雲中に帰っていく。
中国の九州を眺めるほどに高く、四海に横たわるほど大きく馳せて、そんな神を思いて溜め息をつけば、心を労して𢥞々(うちゅうちゅ)ともつれる心地。

浴蘭湯兮沐芳、華採衣兮若英。霊連蜷兮既留、爛昭昭兮未央。蹇将憺兮寿宮、與日月兮斉光。龍駕兮帝服、聊翱遊兮周章。霊皇皇兮既降、猋遠挙兮雲中。覧冀州兮有餘、横四海兮焉窮。思夫君兮太息、極労心兮𢥞𢥞。

 九歌のふしぎなところは、こんな感じで「蘭の湯をあびて良き香りをまとい、華衣を着て英(花びら)をまとう」というような巫と、「龍に駕りて帝服を着て……」のような神の様子が交互にあらわれるところにあります。

 そして、祭ってもらったのに、そんなこと気にせずに軽々と雲の中にもどっていってしまう感じなども、いかにも不思議でよくわからない神――という感じがして惹かれます(笑)

 あと、「蘭の湯」のような植物をもちいた祭祀がたくさん出てくるのも九歌(もしくは楚辞)の特徴になっています。

 もうひとつ、「昭々」「𢥞々」などの同じ字を繰り返したり、「連蜷(れんけん。うねうねのこと)」「周章(しゅうしょう。ひらひらと飛びまわること)」などのように子音or母音がおなじ擬態語がたくさん出てくるのも楚辞の魅力です(こういう妖しい字、素敵じゃないですか笑)

小司命

 つづいては人々の寿命などをつかさどっていた「小司命」という神についての作品をみてみます。これはちょっと勘違いしがちな祀官が、小司命に翻弄されて妄想する――みたいな内容です(笑)

秋の蘭と麋蕪(香草)は、みっしりと堂の下に生えていて、緑の葉と白い花の澄んだかおりがわたしをつつむ。
小司命の神は他の神とすでに結ばれているのに、どうしてそんな愁いを帯びた目をしているのか。
秋の蘭の青々として、緑の葉に紫の茎。
満堂の美人たちの中で、小司命の神はわたしと目が合ったのだ。入るときは何も言わず、出るときも何も言わず、回風にのって雲旗を立てていってしまう。
悲しいことは、生きて別れることばかり、楽しいことは新たな出会いといいますが、蓮葉の衣に蕙草の帯をまとって、儵(さらり)とやってきて、忽ちのうちに去ってしまう。
夕方に帝郊(天宮)に行っては、雲の際にて誰と会うつもりなのですか。
小司命の神を待っていてもいまだ来ず、風に臨んで嘆いて歌う。
孔雀色の傘に翡翠色の旍(旗)を立てて、天の上にのぼって彗星を撫でている頃でしょう。長い剣を引きたてて幼い者たちを守り、民の命をつかさどっている、あの小司命――。

秋蘭兮麋蕪、羅生兮堂下。緑葉兮素華、芳菲菲兮襲予。夫人自有兮美子、蓀何以兮愁苦。秋蘭兮青青、緑葉兮紫茎。満堂兮美人、忽独與余兮目成。入不言兮出不辞、乗回風兮載雲旗。悲莫悲兮生別離、楽莫楽兮新相知。荷衣兮蕙帯、儵而来兮忽而逝。夕宿兮帝郊、君誰須兮雲之際。……望美人兮未来、臨風怳兮浩歌。孔蓋兮翠旍、登九天兮撫彗星。竦長剣兮擁幼艾、蓀独宜兮為民正。

 ちょっとわかりづらいかもですが、小司命の清冽な雰囲気に想い焦がれている祀官の、ちょっと浮かれた感じが好きだったりします。この情けなさと不思議さの絶妙なバランスがすごくいいですよね。

 蘭・麋蕪などはいずれも香草です(楚では、香草が祭祀のときによくつかわれていました)。そして、「緑葉兮素華(緑の葉と白い花)」「孔蓋兮翠旍(孔雀色の日傘と翡翠色の旗)」などのように、目がちかちかするほどの極彩色につつまれているのも読んでいて目が癒されます♪

 ちなみに、たびたび「兮」という字がでてくるのですが、これは「~~(語尾の伸び)」もしくは「♪」みたいな感嘆符っぽいものだとおもってください。古くは「あ~」と読んでいたらしいです(現代では「けい」と読みます)

山鬼

 さいごに、九歌の中でもとりわけ愛されていた「山鬼」という作品を紹介しておきます。これは人間に恋をした山中の妖鬼の気持ちをかいています。

その人(山鬼)は、山の隈(くま)にあり。薜荔を着て女蘿を帯にして、……わたしは一人で幽篁(深い藪)にいて、空をみることもなく、路は険難にしてようやく抜け出してきて、たった一人で山の上に立てば、雲は容々(もわもわ)としてその下にあり。

ぼんやりとして冥々(どよどよ)として昼すら暗く、東風はいきなりふいてきて、神霊は雨をふらせる。霊脩(あの方)を留め置きて帰らせまいとしても、こんなに歳が経ってしまった私を愛してくれるだろうか。
霊薬の花を山の間にさがせば、石は磊々(ごろごろ)として葛は蔓々(うねうね)と絡まり、あの方のことを思いて帰るのも忘れてしまう。
あの方はわたしを想っていても、尋ねる暇がないのだろうか。

山中の人は杜若をまとい、石泉を飲みて松柏の蔭に休む。雷は填々(どろどろ)と起こり、雨は冥々(ぼんやり)と降り、猿は啾々(ヒィヒィ)と鳴き、狖(手長の猿)も夜に鳴く。風は颯々(さらさら)として木も蕭々(ぞよぞよ)と揺れ、あの方を思ってはいたづらに憂いに罹ってしまう。

若有人兮山之阿、被薜荔兮帯女蘿。……余処幽篁兮終不見天、路険難兮独後来。表独立兮山之上、雲容容兮而在下。杳冥冥兮羌昼晦、東風飄兮神霊雨。留霊脩兮憺忘帰、歲既晏兮孰華予。採三秀兮於山間、石磊磊兮葛蔓蔓。怨公子兮悵忘帰、君思我兮不得閒。山中人兮芳杜若、飲石泉兮蔭松柏。……雷填填兮雨冥冥、猿啾啾兮狖夜鳴。風颯颯兮木蕭蕭、思公子兮徒離憂。

 この薄暗い山中の雰囲気と、不安にしずむ気持ちがいかにもよく合っていて、九歌の中でもとりわけ愛された一篇なのですが、わたしの中でとりわけ好きなのは「神霊も雨を降らせる(神霊雨)」のところです。

 山鬼も神霊のひとつなのに、その思いと裏腹なことをする別の神がいるような感じが、いかにも雑多で妖しいものにあふれている楚の山中の雰囲気がよく出ていませんか。

 そして、雨と水の多い山中では、「薜荔(へいれい)」「女蘿(じょら)」などの蔓性の植物があちこちに垂れさがっていて、「幽篁(深い竹藪)」があったり、その山をつつむように雲や雨がもわもわと立ち籠めていて、さらさらと泉がわいていたり、石が大きくごろごろしていたり……という様子が美しいです。

「填填」「冥冥」「颯颯」「蕭蕭」などの同じ字をもちいた擬態語もすごく味わい深いですし、そればっかりがもやもやと漂っている感じがよくでています。

 こんな感じで、同じく文学の祖とされている詩経とならび称されることの多い楚辞ですが、詩経よりもかなり風景描写などがゆたかになっているのが感じられると思います。

 詩経は四文字でひとつの句になっていたので、あまり細かい表現ができなかったのですが、楚辞は6~7字くらいで一句なので、ひとつの句に盛り込めるものが多いです。そして、この擬態語の多用も、漢代になるとさらに流行っていって、その独特の句形とあわせて「漢賦」の原型になっていきます。

 ちなみに、ちょっと余談ですが、国風(詩経の民謡)と楚辞をあわせて「風騒」といったときには「抒情的な古典詩」、雅(詩経のなかでもきちんとした文章)と楚辞をあわせて「騒雅」といったときには「格調高く洗練された文章」みたいなニュアンスがあります。

 というわけで、すごく省略も多くなってしまいましたが、楚辞の中から「九歌」についてお話してみました。かなり長い作品が多くて、しかも見慣れない字も多かったかもですが、すこしでもその土着的な妖しさが伝わっていたら嬉しいです。

 お読みいただきありがとうございました。

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ぬぃ
はじめての人でも楽しめるような中国文学の魅力をご紹介できるサイトを書いていきます♪あと、中国のファッションも好きです。

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